○鑑定コラム


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194)横領では無いのか

 面識のない弁護士から電話がかかってきた。
 用件は、
 「家賃の不動産鑑定書の内容が、良いのか悪いのか、さっぱり分からないから、見ていただきたい。」
と言う電話であった。

 いきなりの電話であったため、
 「どうして私がわかり、私に電話をかけてきたのか。」
と問うたところ、
 「著書の『賃料<家賃>評価の実際』という本を読んで知り、どうしてもお願いしたい。」
ということであった。

 「どんな内容の不動産鑑定書なのか。」
と問うたところ、
 「裁判所選任の鑑定人の不動産鑑定書であるが、その家賃の求め方を『賃料<家賃>評価の実際』の本に書かれている内容と比較して考えると、随分と違い、疑問点が多くある鑑定書と思われる。」
という返事であった。

 その不動産鑑定書を見るべきか否か迷った。
 見れば、電話の内容から想像すると、かなりの間違った個所が見つかり、それなりの意見書を書かねばならないであろう。
 自分のことを棚に上げて云うのは大変おこがましいが、他人の書いた鑑定書を読むのは大変な苦労を伴う。理論構成が分からず、採用されている数値がどこから来ているのか捜すのは一筋縄では行かない。
 あちらのページ、こちらのページを何回もひっくり返して捜さなければならない。
 そして論理の不整合性や、間違いを見つけださなければならない。
 もっと分かり易い鑑定書を書いてくれよとぼやきが出てしまう。
 読む人に計算させる鑑定書など止めてくれと云いたくなってくる。
 他人の書いた鑑定書を読み込むのには、多大な時間を費やす。

 こちらも、現在、それほど暇では無い。
 幸いにも仕事がある。民間会社の依頼の減損会計に伴う会社所有の全土地建物の時価評価のため、日本全国に散在する営業所・工場等の不動産を、飛行機と新幹線を使って調査している最中である。2004年12月下旬も早い時期までに、結果報告しなければならない。時間を割く余裕は無い。

 しかし、弁護士が私の著書を読んでくれ、その考えが妥当と判断し、それに反する考え方で鑑定評価した不動産鑑定書はおかしいから見てくれという頼みである。

 考えてみれば、ありがたいことである。

 「忙しいが、時間をやりくりして見てみましょう。」
と弁護士に返事した。

 数日して、不動産鑑定書が送られてきた。
 内容を一読して、私から見れば、悪い家賃の不動産鑑定書の見本の様な内容のものであった。但し、それは私から見た場合であって、他の人から見ればそんなことは無いと云われるかもしれない。まして、その不動産鑑定書を書いた当人は、自分の書いたのが正しいと云うであろう。

 家賃評価の最初の出発である家賃の基礎となる基礎価格に、まず間違いがあった。
 対象地は容積率700%の商業地であった。
 鑑定書の更地価格は、700%の容積率の土地利用を前提に求められていた。
 それは、それで適正である。
 鑑定人の不動産鑑定士は、その更地価格を対象家賃の基礎価格に、何の懸念も考えることなく採用している。

 対象建物は駅前大通りに面する5階建で、実行容積率は600%にも満たない。
 家賃の土地の基礎価格は、実行されている容積率程度の土地価格の修正が成されなければ、過大な家賃が求められることになってしまう。それが鑑定書ではなされていない。

 たかが100%を少し超えた程度の差で、目くじらたてるなと思われるかもしれないが、駅前商業地の1等地でu当り500万円もする土地である。
 容積率100%を超える違いは、たかがと言って済ませられるものではない。
 5階建で無く、7階建の建物が建つのである。その建つべき6階・7階の2階分の土地の家賃負担を、5階建の建物部分で負担しなければならなくなるのである。
  
 この家賃の基礎価格については、本鑑定コラムの101)の 「基礎価格の再認識の必要性」 で取り上げて論じているから、そちらを読んで頂きたい。

 必要諸経費として空室損失を計上している。空室率を6%として、その金額を計上している。
 賃貸借契約しているのに、何故空室が発生するのか。他の部屋に空室が発生するとしても、その分の賃料負担を関係のない対象部屋が、どうして負担しなくてはならないのか。
 空室損失はそもそも家賃の経費では無い。

 出来上がった意見書の説明の時、鑑定評価基準には空室損失を経費項目に挙げていると弁護士に話したら、その弁護士曰く、
 「そんな間違いを何故いつまでも放置しているのか。間違っているのであれば鑑定協会は何故訂正しょうとしないのか。鑑定協会の会長は何をやっているのか。それで会長が務まるのか。監督官庁の国土交通省もそれを放置したままなのか。被害を受けるのは賃借人の国民であろう。消費者のことを不動産鑑定士は考えているのか。」
と叱責されてしまった。

 賃借人は、2年ごとの更新時に新賃料の1ヶ月分の更新料を、賃貸人に支払っている。それが何年も続いている。この更新料の償却額が全く見落とされている。
 鑑定書の実際実質賃料は、支払賃料と保証金の運用益だけである。実際実質賃料とはどういうものかが、鑑定人不動産鑑定士はどうも分かっていないようである。

 スライド法の尺度として、駅前商業地の家賃に対して消費者物価指数を採用している。過去に当該家賃の改定推移が消費者物価指数によく似て居るならば、消費者物価指数を採用する事は根拠があろうが、その検討もせず、消費者物価指数の変動率を駅前商業地の家賃変動に採用する事は間違いであろう。
 消費者物価指数で計算しておけば、裁判官は納得するであろうと云わんばかりの評価の姿勢ではなかろうか。

 そもそも消費者物価指数と事務所賃料との連動性は認められるのであろうか。
 ビル賃料は、最近では4年間では10%近く下落しているのに、消費者物価指数は10%も下落していない。消費者物価指数では、商業地の事務所賃料の下落を説明仕切れない。

 私が『賃料<家賃>評価の実際』で評価の間違いと指摘している事項の幾つかが、ものの見事にその通りの間違いを行って評価している鑑定書である。

 極めつけは、保証金の償却を見落とし、全く行っていないことである。
 当該賃貸借契約は、300万円の保証金の授受があり、その保証金の償却は賃貸借契約書では、
 「貸主は明渡し終了の時、保証金を借主に返還する。その時20%引と定め借主に返還する。」
と明記されている。

 これを、貸主と貸主側の賃貸仲介業者はどう解釈したのか知らないが、2年の期間更新毎に20%の償却を行い、現時点では80万円を下回る保証金しか残っていないことになっており、その様に鑑定書に書いてある。

 保証金は預り金である。期間が来たら返さなければならないものである。保証金の所有権者は賃借人である。賃貸人の所有物ではない。
 契約により保証金の20%が償却されるのは、明渡し時であり、その時に保証金の20%の所有権は賃貸人に移るのである。それまでは保証金の所有権は賃貸人には移らない。

 契約にもないのに、更新時毎に賃貸人が勝手に保証金の20%を償却することは、その部分を賃貸人の所有物にすることである。
 この行為は横領行為ではなかろうか。
 所有者である人(賃借人)の承諾もなしに、預り物を自分(賃貸人)の所有物にすることは、それは犯罪行為ではなかろうか。

 この点を、意見書の説明のため弁護士の事務所に行き、依頼した弁護士に話した。
 「先生、このまま行くと契約解除して退去するときには、保証金は一銭も戻りませんよ。」

 私の話を受けて、その弁護士も苦り切った顔して、
 「警察は民事不介入で、告発しても、この様な小さいものを、横領事件として捜査してくれないであろう。
 20%以外の保証金の部分については、明け渡し時に、貸主に対して保証金の返還請求訴訟を起こすつもりだ。」
と語った。

 賃料鑑定では、保証金の契約に反する更新時毎の無断償却は、横領と思いつつも、現実的な処理をしなければならない。
 保証金を更新時毎に20%づつ償却しているならば、その償却分は全て賃料を形成するものであるから、実際実質賃料の一部となり、支払賃料に反映されなければならない。
 それを行えば、支払賃料は新規賃料より安くなることは当然である。

 然るに、提示された裁判所選任の鑑定人不動産鑑定士は、この保証金の償却を全く見落としている。行っていない。保証金の償却を行わないから、更新料の償却も行っていない。

 その結果、支払賃料は、新規賃料を遙かに超えて高い賃料と鑑定されている。
 一体、今迄支払ってきた更新料、勝手にむしり取られた保証金の償却は何処に行ってしまったのか。ドブ川に捨てたと同じなのか。

 賃借人及びその代理人弁護士が、裁判所選任の鑑定人不動産鑑定士作成の不動産鑑定書の鑑定額に納得しないのは当然である。

 弁護士は言う。
 「私も不動産鑑定、不動産鑑定書の内容が分からない。
 私も分からないから、同じ法曹の土壌にいる裁判官が分かるとは思えない。裁判官も分からないであろう。
 このままでは、裁判所選任の鑑定人不動産鑑定士の鑑定は、裁判所が頼んだ専門家の意見であるからと言って、裁判官は鵜呑みにして、適正な家賃であると認められてしまう可能性がある。
 そうなっては、賃借人は不当な損害を受けることになってしまう。
 そうさせる訳には行かない。」

 私に救いを求めてきた理由が分かった。

 「裁判所選任の鑑定人である不動産鑑定士よ、もっとしっかりせい。横領の片棒を、結果に置いて担ぐつもりなのか。」
と苦言を敢えて云いたくなる。
 

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