○鑑定コラム


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232)ああ、3回目

 あと1ケ所だ。あの家のようだ。それで終わりだ。
と思いながら、男は張り合わせた住宅地図を路上で広げて目的の不動産を見ていると、二人の男が前と後ろに現れた。一人は若く、もう一人は中年だ。

「失礼ですが、ここで何をなさっておられるのですか。」

 目の前に行く手を阻むごとく立ちふさがって、屈強な体つきをした中年の男が質問してきた。

 何をしているかって、自分の仕事をしているのだ。いきなり現れた男にどうして説明しなければならないのだ。

「…………仕事をしているのです。」
「仕事といってどんな仕事ですか。」

 何で、この人に鑑定の仕事の内容を説明しなければならないのだ。
 あっちへ行ってくれ。こっちはまだやらねばならない仕事が残っている。忙しいんだ。仕事の邪魔をしないでくれ。

と男が思っていると、その男の心の中を見透かすように、目の前の中年の男は鋭く言った。

「返事次第では署まで来て、話を聞くことになるのですが……。」

 ああ、これで3度目か。

 質問してきた男達が誰であるかやっと分かった。腹の底から笑いが込み挙がってきそうであった。笑いを押し殺しながら、

「刑事さん。職務質問ですか。
 そちらが思われているような怪しい者ではありません。
 不動産鑑定士です。」

 といい、名刺を出し、鞄を開き、書類を見せ、評価地周辺の取引事例地を見て回っていることを説明した。

 そして、依頼関係の書類が入っている紙袋の中より、裁判所からの鑑定依頼事項を示した。
 名刺と裁判所の鑑定人であることが分かると、二人の男の態度と言葉使いが即座に変わった。

 刑事は、地図を広げて何ヶ所も家や土地や周辺をジロジロ見ている男の行動が挙動不審と思われ、1時間近く、遠くより跡をつけていたという。

 男は、後ろに二人の男が電信柱に隠れたり、角に身を寄せたり、おかしな人がいるなと感じながら、土地取引事例地を6ヶ所ほど見て歩いていたのである。二人は刑事であったのだ。

 刑事は説明する。
 この界隈には政界の大物が住んでおり、過激派が動いているという警察内部情報があったため、警戒中であったのだという。

 そんなこととは全く知らず、男は警戒中の地域に入り込み、地図を広げて、家を見ていた行為が、過激派がアジトを探している姿と判断されたようだ。過激派もずいぶん年をとった人が多くなったのであろうか。

 二人の刑事は丁重に失礼をわびて、去っていった。

 男にとって、鑑定評価の調査中に警察官の職務質問にあったのは、今回だけではない。前にもう一度あった。

 都市郊外の農地も多く残る郊外の住宅地域であった。
 地域住民の一人が110番したために、お巡りさんが駆けつけてきた。
 つい最近、この地域に泥棒が入ったため、住民は見知らぬ人がウロウロしていると過剰に反応したようだ。

 その時も不動産鑑定士であると身分を明かすと、お巡りさんは右手を額に斜めに掲げ、敬礼をして去っていった。
 警察官に敬礼の姿勢の挨拶を受けるのは、男にとっても初めてであり、驚き、その男も右手を額に持っていきそうになった。

 男は道路に立って駐車場の奥の建物を眺めていた。突然、
 「駐車場の収入は申告しているよ。」
  という言葉が背後に聞こえた。

 声のする方に振り返ってみると、一人の老人が立っていた。

 老人は、男を税務署の調査員と間違えたようだ。
 名刺を間にして、老人と、調査員に間違えられた男は大笑いした。

 男は顔つきが悪いのか、行動がウサン臭く見えるのか、税務署の調査員、泥棒、過激派と間違えられてきた。

 3度あることは4度あるかもしれない。
 次はどんな職業の人に間違えられるのだろうか。

 (『不良債権処理のためのデューディリジェンス』p76田原共著・監修 清文社 1998年 田原執筆の休憩室コラムより転載加筆 )

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