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2466) 渋谷区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係

1.はじめに

 平成30年より地価公示価格の鑑定書が公開される様になった。公開された地価公示価格の鑑定書より比準価格と収益価格の関係を分析する。

 採用する地価公示価格は、令和4年の渋谷区の商業地の地価公示価格とする。公示価格鑑定書は同一公示地点を二人の不動産鑑定士が評価していることから、AとB2つの鑑定書があるが、先にあるA鑑定書の比準価格と収益価格とする。

 そして求められている比準価格、収益価格は、不動産鑑定評価の専門家である不動産鑑定士が求めたものであるから、適正な価格であるものとする。

 千代田区商業地の地価公示の比準価格と収益価格との関係を、鑑定コラム2459)で行っている。

 その分析と同じであるため、求め方等の説明は、出来るだけ重複を避けるが、始めて本コラムを読む人もいることもあり、必要な個所は最小限の記述とする。詳細を知りたい時は、鑑定コラム2459)の当該部分を読んでいただきたい。

2.3つの価格の等価性

 不動産鑑定評価は、不動産が具有するそれぞれの面からの分析価格として、コストの面より積算価格、市場性の面より比準価格、収益性の面より収益価格の価格がある。

 そして、3つの価格は理論上は一致すると云われている。

@ 門脇惇説

 3つの価格の等価性については、門脇惇氏は、著書『不動産鑑定評価要説』P120(税務経理協会、昭和46年)で次のごとく述べられている。

  「3試算価格は、それぞれ、効用に見合う面、造る費用を償う面、一般に認められてその価格で取引される面、すなわち価格の三面性に照応するものであり、市場で揉まれ、淘汰されて、一つの正常価格に帰一するものであると解すべきこと。」

A 武田公夫説

 また武田公夫氏は、著書『不動産評価の知識』P133(日本経済新聞社、1993年)で、次のごとく述べられている。

  「各方式の適用によって求められた試算価格または試算賃料は、理論的には一致するはず」

と3価格の理論的一致を認める。

 実際には一致しないが、それは「資料不足など」によるのが原因でありと述べられる。

 既成市街地では、原価法の適用は困難であるため行われない。その為、積算価格は求めなく、比準価格、収益価格が求められる。

 門脇、武田両氏の説に従えば、比準価格、収益価格は、理論上は一致することになる。

3.不動産鑑定士実務修習テキストの比準価格と収益価格

 最新の2022年版第16回実務修習の「実務修習・指導要領テキスト」(編集公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 2021年11月1日発行)に、土地面積605.75uの更地を例にした更地の鑑定評価書が掲載されている。

 P49に、例題による試算価格が記されている。

     比準価格   495,000円/u
          収益価格   457,000円/u
である。

 収益価格の金額を1.0とすると、比準価格の割合は、
                 495,000円
            ────────= 1.083                                
                 457,000円
1.083である。

 比準価格と収益価格の開差は約8%で、比準価格が収益価格よりも高い。

 不動産鑑定士の専門家集団の団体である日本不動産鑑定士協会連合会が、鑑定評価の見本と発表する実務修習テキストの鑑定例を見れば、収益価格を100とすると、比準価格は108.3である。

 その価格開差より考察すれば、3つの価格は等価になるという考え方は妥当であると判断される。その考えは、不動産鑑定業界において支持されている考え方と判断される。

4.公示価格鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係

 令和4年地価公示価格の渋谷区商業地の鑑定書の中に記されている比準価格と収益価格を抜き出し、比準価格/収益価格の割合を求める。

 例えば渋谷5-1のA鑑定書の比準価格、収益価格は、下記である。
      比準価格    6,150,000円
      収益価格    5,530,000円
 渋谷5-1の比準価格/収益価格の割合を求めると、
              6,150,000円
            ────────  = 1.112                              
              5,530,000円
1.112である。

 同様にして渋谷区商業地公示地33件を分析したのが、下記一覧表である。


番号 所在 比準価格 円/u 収益価格 円/u 比準価格/収益価格
渋谷5-1 東京都渋谷区道玄坂1丁目16番18  6150000 5530000 1.112
渋谷5-2 東京都渋谷区神南1丁目39番3 6000000 5460000 1.099
渋谷5-3 東京都渋谷区渋谷2丁目9番3 6740000 6230000 1.082
渋谷5-4 東京都渋谷区東1丁目128番4 2340000 2100000 1.114
渋谷5-5 東京都渋谷区渋谷1丁目14番10  13300000 12000000 1.108
渋谷5-6 東京都渋谷区神宮前3丁目5番44  2700000 2380000 1.134
渋谷5-7 東京都渋谷区恵比寿西1丁目10番16  6030000 5460000 1.104
渋谷5-8 東京都渋谷区笹塚2丁目44番3 1160000 823000 1.409
渋谷5-9 東京都渋谷区神山町7番9 1420000 1190000 1.193
渋谷5-10 東京都渋谷区代々木1丁目57番6 4750000 4270000 1.112
渋谷5-11 東京都渋谷区初台1丁目49番12  2370000 2080000 1.139
渋谷5-12 東京都渋谷区道玄坂2丁目213番 17100000 14900000 1.148
渋谷5-13 東京都渋谷区桜丘町15番6外 2380000 2150000 1.107
渋谷5-14 東京都渋谷区道玄坂2丁目36番10  23000000 20800000 1.106
渋谷5-15 東京都渋谷区恵比寿1丁目12番13  4290000 3900000 1.100
渋谷5-16 東京都渋谷区上原2丁目1186番22  1400000 1020000 1.373
渋谷5-17 東京都渋谷区代々木2丁目11番13外 10200000 9210000 1.107
渋谷5-18 東京都渋谷区円山町31番1外 1550000 1380000 1.123
渋谷5-19 東京都渋谷区千駄ケ谷3丁目26番12外 1730000 1410000 1.227
渋谷5-20 東京都渋谷区代々木2丁目20番5外 1660000 1500000 1.107
渋谷5-21 東京都渋谷区代々木1丁目55番23  2750000 2070000 1.329
渋谷5-22 東京都渋谷区宇田川町77番14外 29400000 26500000 1.109
渋谷5-23 東京都渋谷区恵比寿南3丁目123番6 3600000 3020000 1.192
渋谷5-24 東京都渋谷区渋谷2丁目6番9外 2270000 2040000 1.113
渋谷5-25 東京都渋谷区神南1丁目37番5 2250000 2060000 1.092
渋谷5-26 東京都渋谷区神宮前4丁目26番43外 28000000 25400000 1.102
渋谷5-27 東京都渋谷区代々木4丁目10番13  1300000 1170000 1.111
渋谷5-28 東京都渋谷区宇田川町86番7 16800000 15000000 1.120
渋谷5-29 東京都渋谷区上原2丁目1140番86外 1510000 1180000 1.280
渋谷5-30 東京都渋谷区神宮前3丁目38番8 3390000 3010000 1.126
渋谷5-31 東京都渋谷区渋谷3丁目9番1 8710000 7650000 1.139
渋谷5-32 東京都渋谷区神宮前1丁目6番15  9990000 8790000 1.137
渋谷5-33 東京都渋谷区神宮前1丁目13番5 20700000 18900000 1.095
平均       1.150
標準偏差       0.082
変動係数       0.071


 渋谷区商業地33件の比準価格/収益価格の平均値等の分析結果は、下記である。
                平均値    1.150
                標準偏差     0.082
                変動係数     0.071

5.自然現象、人間の行為がからむ社会現象、経済現象等と正規分布

 自然現象、人間の行為がからむ社会現象、経済現象等の多くの現象は、分析すると、何故か正規分布に従うと統計学者は云う。

 データをとって分析すると事実その分布に多くがなる。何故そうなるのかは、はっきりと分かっていない。

 比準価格、収益価格も人間の行為に拠って求められた数値である。その数値より求められた倍率も人間の行為による現象の一つである事から、正規分布に従っていると判断する。

 正規分布のグラフは、平均値を中心にして、左右対称の釣り鐘の形をしたグラフである。グラフは千代田区商業地の比準価格と収益価格を分析した鑑定コラム2459)に記してあることから省略する。そちらで見て欲しい。

6.Z値1.0の出現率は68.26%

@ Z値

 正規分布のグラフは釣り鐘型の左右対称である。中心より右側のグラフで説明する。

 釣り鐘型のグラフ右側半分の面積に対して、グラフ右端の裾野の黒塗りの面積の占める割合(分布率)が、Z値と呼ばれる面積割合であり、それが出現確率分布率となる。

 データの平均をμ、標準偏差をσ、変数をXとすると、分布率Zは、
                         X−μ
                 Z= ───────                                   
                           σ
で求められる。

A Z値1.0の分布率

 Z値1.0とは、正規分布グラフ右側半分では右端の0.1587の分布面積を云う。正規分布は左右対象であるから、左半分も同じくある。

 左右両方合わせて、
                 15.87%+15.87%=31.74%
31.74%以下あるということである。

 このことを逆に考えると、上記正規分布グラフの黒塗りの端でない白い部分の割合は、
         1−0.3174=0.6826
0.6826となる。白い部分の出現率は68.26%、約68%である。

 Z値1.0の値になる比準価格/収益価格の数値を求めるには、Z値を求める算式は、
                         X−μ
                 Z= ───────                                   
                           σ
であるから、
             Zσ=X−μ
であり、この算式から、
               X=μ+Zσ
である。

 即ち、平均値+標準偏差×1.0 の算式から、Z値1.0になる数値が求められる。つまり平均値に標準偏差を加えれば求められる。

7.一般的に許容されるZ値の数値は1.96である

 世論調査、アンケート調査で有意水準ありとして統計学上許容されている調査数割合は5%である。片側グラフの分布率では、右端末端部の2.5%と云うことになる。

 上記正規分布表のZ値縦欄1.9の欄を右に向かい、1.96の個所の数値を見れば、0.0250とある。2.5%以上の分布が出るのはZ値1.96の値と云うことになる。

 Z値1.96以内であれば2.5%以下にならない、つまり5%以下にならないことから、統計学上有意水準があるとされ、世論調査結果、アンケート調査結果について信頼性が保てると云うことになる。

 Z値1.96の値になる数値を求めるには、Z値を求める算式は、
                         X−μ
                 Z=──────                                    
                           σ
であるから、
             Zσ=X−μ
であり、この算式から、
               X=μ+Zσ
である。

 即ち、平均値+標準偏差×1.96 の算式から、Z値1.96になる数値が求められる。

8.渋谷区商業地の地価公示価格の適正な比準価格/収益価格の割合数値

@ 令和4年の東京都渋谷区の商業地の地価公示の比準価格/収益価格の分析結果

 令和4年の東京都渋谷区の商業地の地価公示の比準価格/収益価格の分析結果は、前述としたごとく、
                平均値   1.150
                標準偏差  0.082
  である。

A  出現率5%の比準価格/収益価格の価格割合

 比準価格/収益価格の割合の出現率5%を求める算式は、前記より、
             平均値+標準偏差×1.96
である。

 本件の場合、平均値は1.150、標準偏差は0.082であるから、出現率5%になる比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.150+0.082×1.96=1.3107≒1.311
である。

 有意水準出現率5%以上の比準価格/収益価格の割合数値は、1.311以下の割合で無ければならないことになる。

 収益価格と比準価格とは理論的には一致すると云われる。一致すると云うことは、
       比準価格
           ──────  =1.0                                      
              収益価格
になることである。

 それゆえ、東京都渋谷区商業地の地価公示価格の信頼出来る比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.0〜1.311
となる。

 (注)更地の価格で、比準価格を越える収益価格があってもよいと私は思うが、渋谷区商業地地価公示鑑定書においては、比準価格を越える収益価格の例は1件も無いことから、与えられたデータ分析からでは、1.0が最低の価格割合と云うことになる。

B 出現率68.26%の比準価格/収益価格の価格割合

 比準価格/収益価格の割合の出現率68.26%を求める算式は、前記より、
             平均値+標準偏差×1
である。

 本件の場合、平均値は1.150、標準偏差は0.082であるから、出現率68.26%になる比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.150+0.082×1=1.232
である。

8.終わりに

@ 出現率5%以下のデータ

 鑑定評価で求める3つの価格は理論上一致すると云われるが、一致するのは理論上で有り、資料不足の要因も有り一致することは難しい。

 しかし、一致しないからと云って、3つの価格がかけ離れて存在しても良いと云うことにはならない。理論上一致すると云う原則からすれば、価格開差の程度には、合理的な限界があるハズである。

 その限界が、統計学の有意水準の5%であり、比準価格/収益価格の価格割合では、東京都渋谷区商業地では1.311以下である。

 上記渋谷区商業地地価公示価格33件のうち、比準価格/収益価格の価格割合が有意水準の出現率5%を切る公示地(比準価格/収益価格の価格割合では1.311を越える公示地)が、残念ながら3件ある。

 出現率5%以上あれば統計学上は有意水準があるとみなされる。そのデータは有効と判断される。それ以下の出現率のデータは否定される。

 土地価格評価の専門家で、統計学上否定される価格であるというごとくの土地価格を求めるべきでは無かろう。

A 出現率31.74%以下のデータ

 土地価格評価の専門家であるならば、有意水準5%以上の出現率で無く、出現率31.74%を切らない、逆に云えば
              100%−31.74%=68.26%
68.26%を越える出現率の土地価格を求めるべきであろう。その土地価格とは、10人中7人以上の不動産鑑定士が求める土地価格である。

 それは平均値に標準偏差を加えた数値であり、上記で比準価格/収益価格の価格割合では、1.232と分析されている。

 上記渋谷区商業地地価公示価格33件のうち、比準価格/収益価格の価格割合1.232〜1.311の公示価格が、残念であるが1件ある。

B 分析結果の重要性の認識を

 渋谷区の公示商業地価格鑑定書の比準価格/収益価格の価格割合の出現件数を、0.01台区分で示すと、下記である。

割合 件数
1.07 0
1.08 1
1.09 3
1.10 9
1.11 5
1.12 3
1.13 4
1.14 1
1.15 0
1.16 0
1.17 0
1.18 0
1.19 2
1.20 0
1.21 0
1.22 1
1.23 0
1.24 0
1.25 0
1.26 0
1.27 0
1.28 1
1.29 0
1.30 0
1.31 0
1.32 1
1.33 0
1.34 0
1.35 0
1.36 0
1.37 1
1.38 0
1.39 0
1.40 1
1.41 0
33


 縦軸に件数、横軸に割合を取って、グラフにすると、下図である。




渋谷区公示商業地割合と件数




 比準価格/収益価格の価格割合1.311或いは1.232を越える評価がなされるのは、価格の求め方に間違いがあるということを示している。

 比準価格で云えば、事例の選択に間違いがあるか、地域格差の比較に間違いがあると思われる。収益価格にあっては、想定賃料が低すぎるか、土地残余収益が少なすぎるか、還元利回りが高すぎることに原因していると思われる。

 比準価格と収益価格を求めるのは、求められた互いの価格の適正さを担保するためであり、かつ、決定価格である鑑定評価額の妥当性を担保するためである。

 比準価格と収益価格との間に大きな価格の開きが有っては、適正さを担保することが出来ず、何の為に2つの価格を求めているのか意味をなさなくなる。

 上記価格割合は、商業地の比準価格/収益価格の価格割合であり、住宅地の場合には違った割合になる。

 住宅地の割合については、いずれ分析して発表したい。

 今迄、3つの価格は理論的には一致すると云うだけで、各価格の間の価格関係についての研究・調査が全くなされていなかった。

 3価格が一致しなくとも、開差の合理的水準はあるハズであるが、そのことが全く考えられず、検討されずに、長い間放置されて来た。

 資料としての信頼性が高いと判断される地価公示価格の鑑定書が公開されたことによって、3つの価格は理論的に一致しなくても、合理的開差の範囲は何処かの研究分析を行うことが出来るようになった。


**追記 2022年11月12日 割合件数一覧表及びグラフ



  鑑定コラム2419)「新規賃料の積算賃料と比準賃料の賃料額の関係について」

  鑑定コラム2459)「千代田区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格/収益価格の関係」

  鑑定コラム2460)「中央区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係」

  鑑定コラム2461)「港区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係」

  鑑定コラム2465)「新宿区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係」

  鑑定コラム2467)「都心5区公示商業地の比準価格と収益価格の関係分析を終えて」


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