○鑑定コラム



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12)ある邂逅

 霞ヶ関にある裁判所から不動産鑑定の依頼があった。

 法廷での鑑定人宣誓をする前に、事件の記録を見るために書記官室に行き、記録閲覧を行った。いつもの鑑定の仕事の手順である。
 明渡し立退料の鑑定であったが、記録簿を読んでいて、徐々に気持ちが暗くなってきた。

 その訴訟事件に関与した税理士を、弁護士業務の侵害で弁護士法違反として告発している書類が目に飛び込んできた。

 「弁護士法違反で告発して、税理士を血祭りに挙げるとは、この弁護士は相当やるよ。鑑定もしっかりやらないと不当鑑定で告発されかねない。イヤな事件を引き受けてしまったナ」
と思った。

 代理人弁護士の名前を見ると、記憶ある名前だった。
 書記官に、
 「この弁護士はあの有名な事件の弁護を行った弁護士ですか。刑事専門と思っていましたが、民事事件も扱うのですか?」
と聞いた。
 「そうです。ちょつと手強いかもしれませんね。」
と書記官はニヤッと笑いながら答えた。

 これは大変な事件の鑑定を引き受けてしまった。検事を向こうに回して、証拠調べで辣腕を振るった弁護士と聞いているから、証人喚問を受け、法廷で鑑定書の内容について、相当突っ込まれそうだ。
 イヤだなぁと鑑定評価の仕事を行う前から憂鬱になってしまった。

 裁判所に鑑定書を提出した。
 案の定、鑑定人の証人尋問申請が出され、証人喚問されてしまった。

 法廷の証人台に立った。
 「虚偽の証言をすると偽証罪に問われますょ」
と裁判官にいつものごとく言われて、証人尋問が始まった。

 その代理人弁護士の最初の質問は、
 「鑑定人は今までどういう仕事をしてきましたか。」
であった。
 どういう仕事をしてきたかと問われても鑑定の仕事をしてきたのであり、それは当然であろう。何を当たり前のことを質問するのだ。半端あきれながら、質問する代理人を見て言った。

 「普通の一般的な不動産鑑定の仕事です。先生のごとく著名な事件の鑑定を行ったというものはありません。」
と答えた。

 この返答から鑑定書の内容についての質問に入るのかなと思った。しかし、次に発せられた質問は意表を突くものだった。

 「あなたが今迄に書いた書物を教えてください。論文は何本書いていますか」
 今迄の証人尋問の経験からして、その質問内容は予想もしていなかったものであり、面食らった。
 現在は共著を含めて専門書を4冊書いているが、当時の私には著書は無かった。
 著書は無かったが、かろうじて2つほど論文を発表していた。
 それで質問を切り返せと思い、
 「著書はありませんが、不動産鑑定に関する論文は2つ発表しております。」
と返答し、2つの論文のおおよその内容を説明した。

 体から冷や汗がどっと出てきた。
 ああ、この代理人弁護士は鑑定人の能力そして信用出来るかどうか否かは、こうした側面より判断する人なのかとわかった。
 これは手強いぞと改めて感じた。

 それ以後の鑑定書の内容についての尋問はかなり厳しいものであった。
 専門家としての判断、資質を問われる内容であった。
 言論での真剣勝負であった。
 喉はカラカラになり、背中には汗が流れていた。しかし、何とか法廷を持ちこたえた。

 数年後相続財産分割事件で、再度その弁護士の鑑定申請の仕事をすることになった。
 大規模画地を2分割するもので、等価にするにはどこに分割線を引けばよいのかというものであった。
 分割する一方の基点だけは当事者で決めていた。
 地形の悪い土地であり、分割後の接面道路、方位、地積の違いによって価格は異なってくる。加えて都市計画道路予定地が含まれるという条件のもので、非常に難しい鑑定であった。

 白いものが目立ちぼさぼさの髪をした、痩せぎすであまり身なりに気を使わない上背のある弁護士と話をした。
 「鑑定人を信用する。よい鑑定をしてくれ。」
と嗄れた声でその弁護士はいった。
 「自分が現在持っている能力の全部を使って、合理的な判断で適正に鑑定します。」
と答えた。

 そうはいっても、この案件も前の事件と同様、証人喚問されるのかなと危惧していた。
 鑑定書提出後、裁判所から何の連絡も無かった。

 私の鑑定に、争訟当事者双方納得したのだろうかと疑心暗鬼しながら、1年位たって近くに鑑定の用があったため、ついでと思い現地に立ち寄った。
 現地は私の鑑定通り画地は分割され、一方の土地には数棟の真新しい建売住宅が建っていた。

 事件は片づいていた。
 よかつたと安堵すると同時に自分の鑑定評価という仕事の喜びを感じた。

 2つの鑑定で邂逅した一人の弁護士の死を、2002年1月24日の新聞各紙の社会面は大きく報じる。

 「帝銀事件の遠藤誠弁護士死す」と。

 専門職業家としての人間を見るのに、どういう仕事をし、どういう著書・論文を書いているのかという尺度で判断する一つの方法があり、そうした方法で判断する世界もあることを、実体験で私に教えてくれた人であった。


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