1.ある家賃の鑑定書
最近(2025年7月)、弁護士から家賃の鑑定書を見て、おかしい所、間違っている個所があったら意見書を書いて欲しいという依頼があり、一冊の不動産鑑定書が郵送されて来た。
こうした依頼は、裁判案件の不動産鑑定を行っているとしょっちゅうある。
逆に云えば、私の発行した鑑定書は、相手側代理人弁護士を通じて相手側から依頼を受けて鑑定評価した不動産鑑定士の手に渡っていることになる。
そして相手側代理人弁護士の田原鑑定を猛烈に批判する準備書面が届く。
今回見た家賃鑑定書は、多くの間違いがあったが、その内の1つについて述べる。鑑定書をA鑑定と呼ぶ事とする。
A鑑定は賃貸人側からの依頼の家賃鑑定であった。
積算賃料は、新規賃料である。下記算式で求める。
土地建物の基礎価格×期待利回り+必要諸経費
A鑑定の期待利回りは、次のごとく求められていた。
都内の同一区にあり、地域的に類似的な商業地にあり、建物規模、経年が評価建物に類似しているJ−REITの38賃貸ビルを選び出し、その平均の利回りは3.1%〜3.7%であるから、ほぼその中心値の3.5%を評価賃貸ビルの期待利回りとするとしていた。
ここでおかしいと気づかないか。
気づかなかったら、大変失礼であるが、不動産鑑定士として賃料評価をすることを避けられることを勧める。
J−REITの賃貸ビルに入居している賃借人は、殆どが継続賃貸借契約の入居者であり、その賃料の類型は継続賃料である。
10階建の賃貸ビルの1フロアか2フロアに、最近入居した賃貸人がいるであろうが、他のフロアの入居者が既契約の入居者であれば、そのJ−REITの賃貸ビルの賃料は継続賃料の範疇にはいるであろう。新規賃料とは云えない。
J−REITの賃貸ビルで新規賃料といえるのは、全フロア新規賃貸借契約もしくは9割位が新規入居者の場合の賃料である。
A鑑定が採用したJ−REITの38賃貸ビルが全て、新規賃貸入居者のビルであると云うことはあり得ないであろう。
つまり、J−REITの賃料は継続賃料であり、その利回りは継続賃料利回りということである。
2.不動産鑑定評価基準と期待利回り
不動産鑑定評価基準(以下「鑑定基準」と呼ぶ) は、「新規賃料を求める鑑定評価の手法」として、積算法、賃貸事例比較法、収益分析法の3つの手法を規程する。(平成26年改正鑑定基準 国交省版P32)
積算法から求められる賃料を積算賃料という。積算賃料を求める手法は、先に述べた算式である。再度記せば、
土地建物の基礎価格×期待利回り+必要諸経費
である。
ここで使用されている利回りの「期待利回り」は新規賃料を求める積算法で使用されていることから、期待利回りは新規賃料の利回りであることが判るであろう。
3.A鑑定の期待利回りは間違っている
A鑑定は期待利回りとして、J−REITの38賃貸ビルの賃料より求めた利回りである。
J−REITの38賃貸ビルの賃料が全て新規賃料であることは有り得ず、J−REITの賃料は継続賃料であることが殆どある。
それより求められた利回りは、継続賃料利回りであり、新規賃料を求めるに採用される「期待利回り」では無い。
継続賃料の性質のものを、新規賃料利回りの性質である期待利回りと称して使用することに、論理の正当性は無い。
このことからA鑑定の期待利回りは間違っており、求められている積算賃料は失当ということになる。
4.第19回実務修習指導要領テキスト
A鑑定がJ−REITの賃貸ビル賃料より求めた利回りを新規賃料利回りの期待利回りと信じ込んで採用していることを知ると、再び、「ひょっとすると、実務修習指導要領テキストに同じ例が掲載されているのでは無いのか」と思い、現在行われている第19回実務修習指導要領テキスト(2024年11月1日第1刷発行 公益財団法人日本不動産鑑定士協会連合会発行)のP395の『家賃の鑑定評価(評価書編)』の期待利回りの項の記述を見た。
指導要領テキストは、期待利回りを4.9%と求めている。その根拠説明は、下記である。
「本件においては、下記J−REITの公表事例に基づく取引利回り(NOI) ベース等を参考にし、対象不動産の有する投資対象としての危険性・流動性・管理の困難性・資産として安全性等を考慮し、更に対象不動産において賃貸経営した場合の事業性等を考慮して、土地建物一体としての償却前純収益に対応する期待利回りを4.9%と査定した。」(上記指導要領テキストP413)
次頁のP414で、「J−REITの公表事例に基づく取引利回り表−略−」 と記す。
イヤハヤあきれてものも云えない。
士協会連合会の実務修習指導要領テキストに、堂々とJ−REITの利回り4.9%が、「期待利回り」であると述べている。
この指導要領テキストを作成した不動産鑑定士、査読して適正と判断した不動産鑑定士、実務修習生に講師として教えている不動産鑑定士は、賃料の鑑定評価を本当に知っている不動産鑑定士達であろうか。
期待利回りと継続賃料利回りの違いが分からず、継続賃料利回りを期待利回りと判断しているとは。私は唖然とする。
私から云えば、不動産鑑定士失格の人々である。
テキストは間違っていると指摘し、修正すべきと主張し、修正しょうとする不動産鑑定士は今迄いなかったのか。
即刻、家賃評価の実務修習指導要領テキストは、修正し改訂されることを強く望む。
5.著書『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』の記述
2017年2月に改訂増補版を発行した著書『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』(プログレス)の第1編新規賃料の第3章11節の「Jリートの還元利回りは賃料評価の期待利回りにはならない」(P78〜84)に、次のごとく記述されている。下記に転載する。