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74)新潟鐵工所と会社更生法

 2001年11月新潟鐵工所は会社更生法の適用を申請した。
 会社更生法適用申請の企業は、今迄の私の知識では、10余年の年月を掛けて企業更生されるものと思っていた。

 新潟鐵工所の会社更生は違っていた。
 会社の事業部門を事業部門ごとに切り離し、各事業を他の会社に営業譲渡してしまい、新潟鐵工所という会社は清算会社として、3年後には解散してしまうというものである。新潟鐵工所という会社は無くなるのである。

 会社を事業のパーツごとに切り離し、短期間に事業パーツごとに営業譲渡処分していまうというのが、会社更生法の今後の主流か。
 新潟鐵工所の10余の事業部は、会社更生法適用申請後1年の間で、ほぼ譲渡先が決まった。そのスピードには目を見張る。

 タンク事業部は新興プランテックという会社が(2002年6月12日 新興プランテックHPのニュースリリースより)、変速関連事業は日立製作所の100%子会社の日立インダストリイズが買い受けるのである(2002年10月31日 日立HPニュースリリースより)。

 新潟鐵工所の主力であった原動機部門、車両部門は石川島播磨重工業が買い受ける。圧雪車部門は大原鉄工所が買い受ける。造船事業は三井造船が買い受ける。
 石油・液化天然ガス(LNG)向けの流体荷役関連機器事業は、約20億円で日本車輌製造と東京貿易が買い受けることになった。長岡工場と120人の従業員も引き継がれるという。買収後年間売上高は50億円を見込むという。(日経2002.11.6)
 投下資本に対する売上高倍率は、
    50億円÷20億円=2.5倍
である。
 液体エネルギー荷役関連機器事業の価格は、売上高の0.4倍(1/2.5)と言うことか。

 日本書紀に「燃える水」と記載された新潟県の石油を、明治に入り多くの採油業者が掘削し、その中の一つの日本石油株式会社(1895年 明治28年設立)の機械類の製作・修理をしていた事業部が独立して、新潟鐵工所になったと聞く。1910年(明治43年)である。
 石油発動機、ディーゼル機関に関しては優れた技術力を持っていた。
 従業員は約3300人であった。

 新潟鐵工所の売上高のピークは、平成4年3月期の1,805億円であった。 最後に黒字計上したのは平成6年3月期で、それ以降は売上高は年間100億円単位で減少し、赤字は増加する一方であった。
 新潟鐵工所の売上高は、次の通りである。

   平成4年3月期(1992年)        1,805億円
   平成6年3月期(1994年)        1,664億円
   平成7年3月期(1995年)        1,525億円
   平成11年3月期(1999年)        1,413億円
   平成12年3月期(2000年)        1,224億円
   平成13年3月期(2001年)        1,145億円
 「不況型倒産企業の直前の売上高は、平均するとピーク時から43%減だ」と帝国データバンクの熊谷勝行氏は言っている。(日経2002.11.3)

 新潟鉄工所の売上高のピークは、平成4年3月期の1,805億円である。 倒産直前の平成13年3月期の売上高に対する割合は、
     1,145億円÷1,805億円=0.634
で、売上減は、
     1−0.634=0.366≒0.37
である。
 帝国データバンクの数字よりは少し低いが、帝国データバンクの数値はあくまでも平均である。標準偏差が示されていれば、恐らく売上減37%の企業の倒産の確率はかなり高いものと思われる。

 税理・会計法人のアタックスグループの代表で、公認会計士の丸山弘昭氏が、新潟鐵工所の倒産について仮定の話と一応断りながら、次のごとく述べられている。
 「5年前に時価会計を採用し、時価貸借対照表から経営者が会社の異常事態に気づき経営再建に着手していれば、倒産という事態には至らなかったのではないでしょうか」と。(同グループHPの「倒産企業と成長企業の徹底検証」より)
 丸山弘昭氏の言葉は、深く読みあるいは逆読みすれば、経営に対する時価会計の重要性を暗示している。

 「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」と古から栄枯盛衰は時の常とはいえ、一世紀に渡り新潟県が産み、育ててきた名門企業「新潟鐵工所」が名実ともに無くなるのには、やはり一抹の寂しさを感じる。



****追記 2016年6月5日  新潟鐵工所の記事にアクセスが多い  鑑定コラム1499転載

 鑑定コラムのアクセス上位20位までには入らないが、鑑定コラム74)「新潟鐵工所と会社更生法」の記事へのアクセスが、最近多い。

 新潟鐵工所は会社清算されて、とっくに無くなっている。

 当該鑑定コラム74)は、2002年11月25日に発表した記事である。

 14年前近くに発表した記事が、今頃になって何故読まれているのか。

 私には、さっぱり分からない。

 当該コラム記事は、新潟の名門企業の新潟鐵工所が倒産し、その倒産企業の会社更生法適用による企業更生のやり方が、それまでの更生のやり方でなく、全く新しいやり方が導入されたことについて述べている。

 新しい会社更生法の会社更生のやり方とは、事業部門毎に売却し、本体は結局清算して無くしてしまうというやり方である。

 これを会社更生と云うのか私には疑問であるが。

 検索エンジンのグーグルで、「新潟鐵工所」という言語で検索すると、トップ頁の6番目程度のところに、私の鑑定コラム74)が掲示される。

 この為にアクセスされるのであろうが、何故今新潟鐵工所なのか分からない。

                  (鑑定コラム1499を転載)


  鑑定コラム1499)「新潟鐵工所の記事にアクセスが多い」

  鑑定コラム1551)「2016年10月1日コラムアクセス  築地市場賃料が2位」


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