○鑑定コラム



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20)ある法廷にて

 高度商業地の鑑定内容についての証人尋問であった。

 「鑑定人の鑑定書記載の取引事例A,B,Cの内容についてお尋ねします。」
と代理人弁護士は云った。

 その代理人弁護士は、鑑定書添付のおよそ一万分の一程度の地図に9ミリ円で事例地のおおよその場所を示した観察地一覧の図から、かなりの登記簿を閲覧して事例を探しだし、取引当事者を探り当て契約書を見て調べ上げたらしい。
 鑑定書の記載の事例と代理人弁護士が調べ上げた事例との間に、所在、取引年月、面積、価格等が異なる個所があると指摘し、鑑定人にその説明を求めてきた。

 鑑定人である私は契約書を見ているわけではない。
 取材源の秘密、個人のプライバシーの保護もあることから、代理人弁護士の事例についての主張が、正しいとも間違っているとも云わず、事例等の明言は避けた。

 代理人弁護士は何故はっきりと証言しないのだと怒り、裁判官に証言内容の不当性を訴え、私を攻め立ててきた。
 双方譲らず平行線が続いた。

 代理人弁護士は、攻略方法を変えてきた。

 「No.Aについて鑑定書は土地価格を平方メートル当り580万円としてありますが、この取引事例は更地の取引ですか。」
 「いいえ、更地の取引ではありません。土地建物複合不動産の取引で、建物価格を配分して求めた土地価格です。調査で現地に行った時は、更地になっておりました。」
 「そうして求めた土地価格を事例として使ってもよいのですか。」
 「使用してよいと解釈しております。」
 「建物が建っていたとすると、そのビルは貸しビルでしたか。」
 「ええ、そうだと思います。」
 登記簿では売り主が不動産業者になっていたから、取引当時は貸ビルであろうと推定し、そのように答えた。

 何で取引事例の詳細について証人尋問するのだ。
 個人のプライバシーのこともあり、わざとボヤ化して表現しているのに。
 事例内容はおおよそ鑑定書に書いてある。
 事例の選択等は鑑定人である不動産鑑定士の一任判断事項であり、それを質問しても仕方が無かろう。
 この代理人弁護士は何を考えているのであろうかと、半分いぶかりながら代理人弁護士の質問に答えていた。

 代理人弁護士は『鑑定基準』を証拠として提出し、そのある頁を読めと言う。

 ああ、また『鑑定基準』違反を主張しようとするのか。  私の行っている取引事例比較法のどこに『鑑定基準』違反があるのだろうか。

 自分の鑑定に自信を持っていたため、余裕を持って『鑑定基準』のある部分をぶっきら棒に読み上げた。

 読み進むにつれて、質問する代理人弁護士の真意がわかってきた。
 と同時に顔が引きつってくることがわかった。

 「しまった。負けた。」
と心の中で叫んだ。

 体中から冷汗がどっと出てきた。
 そして、次はいかに反論すべきか、返答の言葉が頭を駆け巡った。

 読み上げた『鑑定基準』は以下のところだった。

 「更地の鑑定評価額は、更地並びに自用の建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格並びに・・・・・・・」

 私が『鑑定基準』を読み終えると、代理人弁護士はこう云った

 「あなたは先程事例Aについて、貸ビルの建物の土地であったと証言した。そしてそれを事例として使用して鑑定している。しかし、あなたが読み上げた『鑑定基準』は、自用の建物及びその敷地の取引事例で比較せよと言っている。貸ビルは自用の建物及びその敷地になりますか。あなたの比較法の求め方は、明らかな『鑑定基準』違反ではないですか。事例B、Cはどうですか。これらも貸ビルの土地ではありませんか。」

 代理人弁護士は、鑑定書は明らかな『鑑定基準』違反の求め方をしており、その求め方によって得られた鑑定評価額に正当性は認められなく、不当鑑定であると主張してきた。『鑑定基準』違反の不当鑑定の鑑定書であり、証拠に足り得ないと強く主張した。

 私も大変苦境に立たされた。

 この弁護士の主張にどう答え、法廷をいかにして支えるべきか。この文章を読まれる人は、答弁をそれぞれ考えられたい。私も正解はわからない。

 結果は、私の鑑定通り判決が出され、事件は終了したが。

 銀座、新橋、虎ノ門、日本橋等の高度商業地にあっては、更地の取引などほとんどない。  大企業の本社ビルとて、子会社の不動産会社の所有になっているのも多く、自社ビルそのものが少ない。貸ビルが大半であり、取引は貸ビルばかりである。

 更地の評価では、更地の取引もしくは自用の建物及びその敷地の取引しか事例採用出来ないとする現『鑑定基準』では、貸ビルがほとんどである高度商業地の評価は事例が無くなってしまい、取引事例比較法が実質的に出来なくなってしまう。

 一方、収益還元法では、更地の上に賃貸建物を想定し、その賃料収入から更地価格を求めている。

 取引事例として賃貸不動産の事例採用を禁じておきながら、他方では賃貸不動産を想定し、土地価格を求めるという。
 この論理の矛盾はどう理解すべきか。

 地価公示価格等、国の実施している鑑定評価で高度商業地の比較法の取引事例が、全て更地あるいは自用の建物及びその敷地の取引事例を使用して鑑定されているのであろうか。

 今後、情報公開制度により、地価公示、相続税路線価、固定資産税評価の鑑定書の公開を要求されてくる。
 その時、弁護士等よりこの点を指摘された場合、どのように対処するつもりであろうか。

 明白な『鑑定基準』違反と指摘されて、ヘラヘラ笑って済むものであろうか。

 『鑑定基準』の改訂作業が現在進行していると聞く。
 新『鑑定基準』は、この個所を改正するか否か。

 法廷で苦い経験を味わった者の一人として、改正のなり行きを静かに見守っていたい。



***追記 2014年9月11日

 2014年5月改正、2014年11月施行として、新しく鑑定評価基準が改正された。

 その改正不動産鑑定評価基準では、更地価格の求め方が変わった。

 今迄の更地価格の基準は、

 比準価格が、

     ・更地の取引事例の比準価格
     ・自用の建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格

で求めることになっていたが、これが下記のごとく変更した。

     ・更地の取引事例の比準価格
     ・配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格

に変わった。

 「自用の建物及びその敷地」の取引事例が「配分法が適用できる場合における建物及びその敷地」の取引事例に変わった。

 つまり、貸家及びその敷地の取引事例が使えることになったのである。

 私には改正のいきさつは分からないが、この鑑定コラム20)の記事が、少しは影響を与えたか。


  鑑定コラム241)「不動産鑑定基準とは」

  鑑定コラム12)「ある邂逅」

  鑑定コラム51)「ある裁判官の訃報」

  鑑定コラム146)「ある大学教授の最後の授業」

  鑑定コラム39)「河口湖のラベンダー満開」

  鑑定コラム195)「まさかの身近な最高裁判事」

  鑑定コラム1068)「実質賃料、新規実質賃料、実際実質賃料」

  鑑定コラム1242)「これが改正鑑定評価基準なのか」

  鑑定コラム1554)「改定増補『賃料<地代・家賃>評価の実際』のはしがき」


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