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289)スライド法の尺度は賃料の変動率が最重要視されるべきものだ

 継続賃料を求める一つの手法として、スライド法というものがある。
 従前合意賃料時点の賃料を、価格時点の適正賃料にするために一つの物差しを利用して、それで適正賃料を求めようとする手法である。

 簡単に言えば、従前合意賃料の価格時点までの時点修正という類のものである。

 求め方には2つの方法がある。

 従前合意賃料を純賃料と必要諸経費に分けて、純賃料に変動率を乗じ、それに価格時点の必要諸経費を加算する方法が一つの求め方である。

 他の一つは「なお書き」の求め方と呼ばれるもので、従前合意賃料を純賃料と必要諸経費に分けることはせず、従前合意賃料に変動率を乗じて求める方法である。

 これらスライド法を行う場合の変動率として、鑑定評価基準は、
 「土地及び建物の価格の変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数等を勘案して求めるものとする」
と言う。

 即ち鑑定評価基準は次の3つの尺度を例示する。
 1.土地及び建物の価格の変動
 2.物価変動
 3.所得水準の変動

 これが為に、最近は妙な継続賃料の鑑定評価書が出現してきた。
 スライド法に土地価格の変動率を使用するとか、高度商業地の変動率に消費者物価指数を採用するとか、又公務員の給与の変動率を採用するなどの鑑定書である。又その3つの変動率を何のウエイト率の合理的説明も無く、ウエイト付けをして変動率を求めている賃料鑑定書が横行し始めた。

 それらの指数を尺度とするスライド法には、何ら合理的根拠もなく間違いであると指摘すると、
 「鑑定評価基準が明記しているから間違っていない。
 間違いという田原不動産鑑定士の方が間違っている。」
と、猛然と鑑定評価基準を楯にして反論してくる。

 何故不動産鑑定士は誤りであると指摘すると、猛然とムキになって自分の正当性を主張してくるのであろうか。常に自分の考え評価が正しいと思っているのであろうか。間違いを間違いと認めようとしない。

   「考え方が間違いであるよ」と指摘されたら、一度謙虚に振り返って、何故間違いと見られるのであろうかと、自分の考え方を根本から検討することが、どうして出来ないであろうか。

 ある不動産鑑定士はこんな発言すらする。
 「鑑定評価基準は最近改訂された。改訂されたと言うことは正しく直されたと言うことである。従前の基準と同じ部分と言うことは、それはその部分が適正であるから直す必要がないと認められたことである。
 国土交通省は適正と認めたと言うことである。
 それ故、国交省が正しく改正した鑑定評価基準を、間違っているという田原不動産鑑定士の主張こそが間違っている。」と。

 賃料の基準部分は新基準では全くといっていい程訂正されていない。
 継続賃料部分で改訂されたのは、「適正に」を「適切に」、「又は」を「若しくは」と、事例は「同一需給圏内の代替競争不動産の賃貸借等の事例」という文章が加わった程度である。
 そして見出し項目の「イ」が「@」とか、「イ、ロ、ハ」が「ア、イ、ウ」に変わった程度である。
 これらをもつて、賃料の鑑定基準が正しく改正されたと主張するのである。
 いやはや、立派というのか、お粗末と言うべきか、傲慢と言うべきか、全く同じ不動産鑑定士としてこちらが恥ずかしくなる。
 困った現象である。

 当該地域の継続賃料の状況をよく調査したのか。
 他の賃料改訂が、地価変動率に応じて改訂されているのか。
 消費者物価指数に変動して賃料は上昇あるいは下落しているのか。まして公務員の給与変動率が賃料にどれだけ影響しているのか。それを実証した論文データはあるのか。

 鑑定評価基準に書いてあるからと言うだけで、当該地域の賃料の状況を一切調査せず、机上の空論で賃料変動率を求めているのでは無いのか。

 赤坂の住宅地の地価は、2005年4月から2006年4月の1年間で55%の上昇を示した。では家賃は55%も上昇しているのであろうか。

 バブル時、商業地の地価は10倍の値上がりをした。賃料は10倍も値上がったのか。バブル崩壊後、同じく都心商業地の地価は1/10まで下落してしまった。賃料も坪50000円のものが1/10の5000円になったのか。

 地価の変動は賃料に影響を与えることは否定しないが、地価変動率をストレートに賃料変動率に採用することは間違っている。

 同じことは消費者物価指数、公務員の給与変動に付いても言える。

 賃料の変動を説明するに、最も密接なのは、賃料そのものの変動の状況であろう。これに勝るものがあるであろうか。

 借地借家法が継続賃料の増減額請求理由で最も重視するのは、比隣賃料との均衡である。
 比隣賃料との均衡がなされておれば、他の諸事由の地価変動、公租公課の上昇、経済事情の変動があったとしても、賃料の増減額を認める正当性は無い。

 比隣賃料との均衡とは何かと言えば、周辺の類似した建物、契約条件の賃料と比較して妥当な水準の賃料と言うことである。

 当該建物の賃料が比隣賃料と比較して、かなり安かったり、高い水準にある場合には、比隣賃料との均衡を失していると判断される。
 比隣賃料と均衡するまでの増減額が必要と判断されるのである。

 その判断指標となるのは、前で述べた3つの要因のいずれでも無く、比隣賃料、即ち周辺賃料の変動率である。

 継続賃料のスライド法の尺度となるべきものは、当該建物が属する地域の賃料変動が最重要されるべきものである。それは新規賃料の変動率では無く継続賃料の変動率であることは論を待たない。

 必要諸経費込みの賃料変動率が把握できれば、純賃料の変動率は、それから充分推定出来る。

 鑑定評価基準がスライド法の変動率に当該建物の属する地域の賃料変動率を全く無視し、言及すらしていないことには、私は全く理解出来ない。それは最重要視されてしかるべきものであり、第一順位の変動率の尺度として考えられるべきものである。

 ある人は、
 「鑑定評価基準を一所懸命勉強して、鑑定基準通りに作業して行っても、その結果は、世間には必ずしも妥当性の評価額として受け入れられるものでは無い。下手すると不当鑑定の叱声を浴びることがあるょ。」
という。

 鑑定評価基準に書かれている全てがそうであるとは言わないが、時々実務・現実の状況と遊離した、机上の観念で考えられたのでは無かろうかと思われることが書いてあると言うことである。
 つまり賃料の現行鑑定基準が、鑑定基準になり得ないものがあるということである。

 スライド法の変動率の記述もその一つに当てはまるのである。

 ある弁護士は、鑑定評価基準のスライド法の尺度となる変動率を読んで、
 「どれが使用してはいけないものなのか。これではなんでも有りで、どんな指標を採用しても適正なスライド法の賃料になってしまうのでは無いのか。
 それでは困る。

 これでは、現実の周辺賃料の水準とかけ離れた賃料が求められてしまうのでは無いのか。こちらはそんな非現実的な賃料を求めて欲しいと願って、裁判所に賃料の鑑定申請をしているのでは無い。

 最近はやたらに総合的に考えるという表現が多いが、総合的とはどういうことなのだ。要ははっきりと分からないと言うことを言っているのでは無いのか。」
と手厳しく鑑定評価基準を批判する。

 下記に、同一ビルで同一賃借人の支払賃料の変動状況のデータ3件を記す。
 継続賃料のスライド法の変動率の参考になるものと思われる。
 裁判では10年前の賃料の鑑定を依頼されることはザラにある。
 私は一度、昭和45年頃の賃料の評価を依頼されたことがあった。これにはさすがに参った。

 下記データの年月が古いから使えないと思ったら大間違いである。
 そう思う人は、継続賃料の鑑定評価に対する根本的な認識に欠けていると思われることから、止められることをやんわりと勧める。

 下記データの改訂賃料が、従前賃料に鑑定評価基準が例示する3つのスライド法の尺度を使用して、うまく求められるであろうか。

 全ての改訂賃料が、鑑定評価基準が例示する3つのスライド法の尺度で合理的に説明されるのであれば、その例示の尺度の採用は妥当と言えることになるのだが。さて、果たしていかがであろうか。データは坪当り円である。

 
 データ1 中央区日本橋茅場町   約1300坪  事務所
       昭和62年   29,800円
    平成元年   33,400円
      平成3年    38,000円
      平成6年    35,700円
      平成7年    31,500円
      平成11年    21,800円

 データ2 千代田区有楽町   約200坪  事務所
       昭和51年   22,000円
       昭和53年   25,000円
       昭和55年   26,000円
       昭和57年   28,000円
       昭和59年   30,000円
       昭和61年   33,000円
       昭和63年   35,500円
    平成2年    38,900円
      平成4年    45,600円
      平成11年    41,700円

 データ3 港区赤坂   約800坪  事務所
       昭和48年   11,000円
       昭和50年   13,200円
       昭和52年   15,200円
       昭和54年   17,200円
       昭和56年   21,800円
       昭和58年   24,300円
       昭和60年   26,300円
    平成2年    28,300円
      平成12年    23,000円


  鑑定コラム1119)「賃料の変動率に優るスライド法の変動率は無い」

  鑑定コラム1156)「リーマンショック、トヨタ赤字、東日本大震災の賃料影響」

 

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